昔々のお話

源平合戦で実際に行われた?伝説「闘鶏の神占い」とは

源氏と平氏の戦い、源平合戦は1180年~1185年の間に起きた歴史上有名な戦いです。

伊豆に流されていた源頼朝や各地の源氏が一斉に立ち上がり、戦いが始まりました。

最後は壇ノ浦で平氏滅亡で幕を閉じました。

壇ノ浦の戦いでは源氏は海戦の経験が少なく、不利な状況でしたが、これをどう乗り切ったのか・・・和歌山県田辺市 闘鶏神社に伝わる平家物語壇ノ浦合戦の「鶏合わせの故事」に関係する伝説「闘鶏の神占い」という話が残っていましたのでご紹介します。

闘鶏神社の名は平家物語壇ノ浦合戦の鶏合わせの故事に由来します。

「闘鶏の神占い」

インド・タミル・ナードゥ州の闘鶏Wikipediaより

闘鶏は平安時代前から「鶏合せ」という名で行われていました。雄鶏を戦わせて勝負を競う遊びであり、神事や占いとして行われていました。

また、人々の生活にも浸透していきました。

源平の戦いで大きな影響を与えたとされる出来事が和歌山県田辺市の闘鶏神社に伝えられていました。

闘鶏(とうけい)の神占い(民話と伝説 東海・南紀)

鶏は自分の縄張りに他の鶏が入ってくると、飛びかかっていき、蹴爪で切り裂くという習性を持っていてかなり凶暴なのです。闘鶏は全世界で行われていたそうです。

源平合戦のときに一ノ谷の戦いで敗れた平家は海に逃げて屋島で戦況の立て直しをはかっていました。

海戦は経験のうとい源氏には不利であり、西国一円の水軍を支配下においた平家に1歩も2歩も譲らなければならなかったのです。

この海戦で勝利をしなければ源氏の天下はやってこない。

「なんとしてでも水軍を調達しなければならない」と源氏の若大将義経は決意しました。

熊野灘一帯に勢力を広げる熊野水軍は源氏と平氏の双方から援軍を求められていました。

熊野水軍を率いる熊野別当湛増(くまのべっとうたんぞう)もどちらに味方をするのか悩んでいました。

平家とはゆかりも深く、友好関係も保っていましたが、時勢は大きく変わりつつあり、源氏優勢の情報も聞かれるようになっていたのです。

湛増の気持ちも源氏に傾いていったのですが、平家びいきを無視するわけにもいきません。

源氏の味方となるにしても、熊野衆徒(しゅと)二千人の心をひとつにして置かなければなりません。(衆徒・・僧侶身分のこと)

湛増はそう考え、田辺の宮の神前でよりすぐられた紅と白の軍鶏を七羽づつ戦わせることとし、神意を占うことにしました。

白は源氏、紅は平氏です。集まった衆徒は息をのんでなりゆきを見守っていました。

すると羽毛を逆立て勢いよく闘争心を見せて地を蹴る白鶏の勢いに紅鶏たちはこそこそと逃げ去っていったのです。

勝負はあっけなく決まり、衆徒は次々に源氏を応援すると言い、湛増の計画も思い通りに進んでいきました。

熊野水軍を味方にした義経の軍団が壇ノ浦の戦いで平家を破り、この戦いに終止符を打つことになりました。(民話と伝説 東海・南紀)

Googleマップくちこみより(闘鶏神社)
土曜日の朝、伺いました。
寒くて人気もそんなになく、朝の空気が気持ちよかったです。晩秋で紅葉もまだ楽しめました。
熊野水軍が壇ノ浦の戦いで源氏、平氏のどちらに着くかを闘鶏で決めた、という歴史のドラマを感じられる場所。
昔流行った某乙女ゲームのユーザーには聖地だったろうと思いを馳せてしまいました。

とても歴史のある神社でした。早朝のお参りとなりましたが、天気も今一つで小雨交じりでした。こちらは参拝者専用駐車場がありますが、有料でした。古いつくりの本殿でしたが、後方に修繕されている建物があるので、どのようになるのかまた見てみたいです。田辺駅から徒歩で15分くらいで参拝することも可能です。熊野三山参りをされる方は、ぜひこちらの神社の参拝もした方がよいと思います。

町中にあるにも関わらず、緑に覆われた厳かな雰囲気の神社でした
神社にはめずらしく階段とかがないのでご高齢の方でもお参りしやすいと思います
訪れた時は境内で七五三の撮影が行われていました

駐車場の向かいには、真新しい観光案内所があり、飲食のできるイス、テーブル、トイレも使えます

和歌山県田辺市 闘鶏神社

<参考>
民話と伝説 東海・南紀

闘鶏神社は2016年10月に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されています。

世界遺産 闘鶏神社 田辺市観光協会ホームページ

おわりに

鶏が大昔から蹴り散らし、鶏同士で喧嘩をするということは知らなかったのですが、奈良国立博物館に収蔵されている「地獄草紙」(地獄を描いた12世紀の絵巻物)にも鶏が罪人を蹴散らしている様子が描かれているようです。

雄鶏が口から火を吐き、恐ろしい鶏です。

地獄草紙 奈良博本 鶏地獄Wikipediaより

「またこの地獄に別所あり 鶏地獄となづく むかし 人間にありしとき こゝろおろかなるによりて はらあしくして いさかひをこのみ あるいは いけるものをわびしめ とりけだものをなやますもの これにむまる この地獄にたけきほのほ身にみちたるにはとりありて 罪人をしきりに蹴ふむ 罪人の身分づたづたになりて その苦患たえしのぶべきかたなし」奈良国立博物館

人は争いを好み、心は愚か、生きるために生きているものを悩ますもの。

鶏は結構凶暴なので、蹴り踏む。蹴っているのは罪人なのか・・・。

源平合戦で源氏が勝利したのは熊野水軍の力があったからと言われていること、熊野水軍は闘鶏の神占いによって源氏へ加勢したと伝えられていることなど、おもしろい話でした。

もっと知りたい方は是非、和歌山県田辺市の闘鶏神社に行って探ってみてください。

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