昔々のお話

江戸時代、伊勢国古市で起きた油屋殺傷事件「伊勢油屋騒動」

江戸時代の寛政八年(1796)五月四日に伊勢国古市の古市遊郭で油屋刃傷事件が起きました。
古市遊郭は美しい遊女が多かったと伝わっていて、古市の遊郭数は七十八戸、娼妓数は約千人もいたとのことです。

明治時代になっても遊郭の数は三十二戸、娼妓数は六百四十人と半減していますが、それでもかなり賑わっていたそうです。
(古老・井村かね 女の覚え書「伊勢古市のこぼれ話」昭和三十七年刊より)

井村家に伝わる「伊勢油屋騒動」という残酷で悲しい物語です。

江戸時代、伊勢国古市で起きた油屋殺傷事件「伊勢油屋騒動」

寛政八年五月四日九つ半頃(午前一時過ぎ)伊勢古市の遊郭油屋で事件は起きました。

この物語に登場するお紺(おこん)は十三歳で没落した実家を救うために遊女として身売りされました。

十六歳になったお紺は、楼主を稼がせるために大尽遊び(だいじんあそび)の相手をして、若い愛人たちを待たせていました。

そのつれない仕打ちが恐ろしい事件につながっていきました。

大尽遊びというのは、お金を持っている人が札びらを切って派手に遊ぶことで、美しい遊女たちにお金を使っていたということでしょうね。

当時、古市は江戸の吉原、京都の島原と並ぶほどの遊郭で、伊勢参りなどもあり、活気のあった歓楽街だったようです。

伊勢油屋騒動ー油屋で起こった殺傷事件とは

寛政八年五月四日九つ半頃(午前一時過ぎ)伊勢古市の遊郭油屋の事件当夜、油屋は遊興の客達で賑やかであった。

上客の商人三人、阿波の商用でやってきた伊太郎、孫三郎、岩次郎の三人は三十代。その酒宴の席には遊女お紺、下女まん野、茶汲み女きし、しか、の四人。

飲めや歌えやの大尽遊びで大騒ぎ。

そこに若い医師の孫福斎(まごふくいつき)27歳が油屋に来ました。彼のお目当ては遊女お紺である。

彼女が天然痘に罹ったときに治療をしたのをきっかけに親しくなった。そのかいがあって全治したお紺と相思相愛の仲になった。

ところがこの夜はお紺が他の客の座敷に行っていて、そのことに腹を立てた斎は店側に文句を言ったという。

下女まん野が出て来て言うことには、「今夜はあいにく、お紺さんには好きな愛人が来ているのよ。お紺さんの体があくまで待っていてください」と言った。

斎はお紺の体があくのを一人座で飲みながら待っていたが、待てど暮らせどお紺が姿を見せない。

ついに気分を害した彼はもう今夜は帰ると言い、まん野に預けた刀を受け取ったが、この時のまん野の軽口に腹を立てた斎は、「きさまら、ひとを馬鹿にして!」とまん野の指を切ってしまった。

更に斎は刀を振り回し、女主人と茶汲みを切り、商人たちも殺傷した。

しかし、お紺は難を逃れることができた。お紺は四十九歳まで生きたと伝われています。

(参考・民話と伝説 東海・南紀、井村かね 女の覚え書「伊勢古市のこぼれ話)

斎は親類の藤波家に身をひそめていたが、二日後の五月六日に屋敷内で発見された。自害をして、果てたという。

有名になったお紺

伊勢古市はお伊勢参りとともに栄えた所で、参宮客の往来で賑わっていたそうです。

遊郭などは約78軒、遊女は約1000人、浄瑠璃小屋3,4軒。

伊勢古市の妓楼油屋で起きたこの事件はたちまち話題になり、有名になったお紺を見たいと訪れる者もいたといいます。

油屋で起こった殺傷事件は、「伊勢音頭恋の寝刃」として今でも歌舞伎で演じられています。

当時の伊勢歌舞伎は全国的に知られていたようです。

伊勢古市で起きたこの事件は、お伊勢参りに来た参拝客によって日本中に知れ渡ったそうですが、有名になったお紺を見ようとする客で油屋は大繁盛したそうです。

三重県伊勢古市 大林寺

三重県伊勢古市大林寺には、油屋殺傷事件後に歌舞伎で有名になった「伊勢音頭恋の寝刃」の主人公孫福斎(まごふくいつき)とお紺の菩堤を弔う比翼塚(ひよくづか)があります。

文政13年(1830)江戸4代目阪東彦三郎によって大林寺境内に建碑されました。

お紺と孫福斎(まごふくいつき)のお墓があります。

孫福斎(まごふくいつき)のお墓は、昭和4年(1929)に二代目實川延若(じつかわえんじゃく)(歌舞伎役者)が寄進したもの。

宇治北山墓地にあった斎の墓を模して作られたものであるそうです。

今でも「油屋殺傷事件」題材に舞台などが行われるときには芸人さんなどがお参りに来るそうです。

斎(いつき)が自刃した所

孫福斎(まごふくいつき)が自刃した藤波長官屋敷の跡には、藤波の松が植えられているそうです。

藤波家は代々伊勢神宮内宮の神官をつとめていました。

おわりに

恐ろしい事件を生んでしまったきっかけは、小さなことだったように思えます。

お伊勢参りの人々で賑わう古市で起きた事件が何度も歌舞伎や芝居で繰り返し上演されていたのですね。

斎のお紺を思う気持ちは大きく膨らんで語られてきたのかもしれませんね。

近くに住んでいたのに、「こんな話があったなんて知らなかった!」と思う方がいらっしゃると思います。

探っていくと街歩きも楽しくなります。遠くに旅行に行けない方でも街散策と歴史散策を健康のためにいかがでしょうか。

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