美しき楽園~年齢を重ねても輝く女性達~

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昔々のお話

富士山に伝わる木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の話

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本当に困って誰にも相談ができない、どうしたら良いか分からない時というのは、大昔からあって、そのような時は何かにすがるように祈ってしまっていたようです。

今の時代でもそうですよね。

大昔から多くの人に愛されて来た富士山は強い霊力があるとされ、信仰の対象とされて来ました。

平安時代までは頻繁に噴火を繰り返しました。平安時代から中世までは修験の場として繁栄したそうです。

古事記とか神話に富士山に関連する伝説が残されていて、そこから来ているのか他の地方にもそのような伝説が残されています。

今回ご紹介するのは、富士山に建っている浅間神社の守り神の話です。

Kanenori / Pixabay

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と桜

平安時代まで頻繁に続いていた噴火を鎮めたという伝説が残っていました。

守り神の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は、アマテラスの孫のニニギノミコトの子を身ごもったのですが、自分の子ではないのではと疑われ、木花咲耶姫は疑いを晴らすために産屋に火を放ち、その炎の中で出産をします。

そして3人の神々を生みました。

三人のうちの二人が海幸彦(うみさちひこ)・山幸彦(やまさちひこ)といわれています。

木花咲耶姫は大変美しく、木の花は「桜」だったといわれています。

富士山の噴火を鎮めるために守り神となり、富士山の頂上から花の種を巻いて、日本という国に桜を咲かせたという。

そういう話が残されています。

我が街に伝わる木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の伝説

「我が街」話から分かってしまうかも。

大山祇神の第四女の美しい人はコノハナサクヤヒメといいました。
若い神様がコノハナサクヤヒメに一目惚れをして、お妃に迎えたいと思いました。

若い神様は使えの者を大山祇神のもとへおつかわしになり、話はトントンと進み、大山祇神は姉のイワナガヒメと妹のコノハナサクヤヒメの二人を若い神様に差し上げることにしました。

しかし若い神様は美しい妹のコノハナサクヤヒメばかりを可愛がり、姉のイワナガヒメを近くに呼ぶことはなかったのです。
だんだんと悲しくなりました。

そして妹のコノハナサクヤヒメを恨むようになってしまいました。

仲良くすることができなくなり、にらみ合うようになってしまいました。

静岡県伊東市の大室山の山頂にある浅間神社にはイワナガヒメが祀られています。
富士山の浅間神社にはコノハナサクヤヒメが祀られています。

大室山に登ると富士山が見えるときがあります。

富士山が見えても決して富士山が綺麗だとか褒めてはいけません。

富士山を褒めるとたたりがあると伝えられています。

昔から嫉妬心は存在したということですね。

下田富士(木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は登場しません)

伊豆の下田には「下田富士」という伝説が残っていました。

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の話とは違いますが、余りにも富士山が美しいので、富士山に似たような山が〇〇富士と呼ばれています。

伊豆の下田にも下田富士があります。

下田富士は岩がゴツゴツとしていて容姿が悪いと言われていました。

そんな下田富士の話が昭和の初めの頃の本に載っていました。

下田富士、駿河富士(富士山)、八丈富士は三人姉妹でした。

駿河富士は大変容姿が美しく、一番姉の下田富士は容姿が醜いので、誰一人見返る者もなかったのです。

姉の下田富士は、「もう一生駿河富士とは顏を合わせない」と怒ってしまい、天城の山を立てまわし、自分は伊豆の奥へかくれてしまいました。

末の八丈富士は、二人が見えるところに陣とって「早く姉さんたちが仲直りをしてくれるように」と胸を痛めていたという。

下田富士は山上に磐長姫命を祀ってあります。(伊豆伝説集より)

八丈富士というのは伊豆諸島の八丈島にあります。

少し離れた所から見守っていたのですね。

そして富士山が美しいから近くの山はひがんでいたのですね。

富士山の伝説で別々のように書かれていても、同じような内容だったり、逆に置きかえられていたりするので、本当はどうだったのか分からないのですがおもしろいです。

伝説「天狗の詫び証文」は悪さをする天狗のお話です

山の背くらべ(木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は登場しません)

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)はこちらには登場しませんが、富士山と長野県の八ヶ岳の話を見つけました。

富士山と八ヶ岳が山の高さを競った話です。

富士山は女、八ヶ岳は男です。昔々のお話ですが、男は女に負けることはできなかったのです。

富士山は女でも強い女だったようです。「絶対に負けられない!」

それで山の神に「どちらが高いのよ」と富士山が言ったかどうかは分かりませんが、審判を仰いだところ、

山の神は大きな樋(とい)を持ち出すと、両方の山の頂上へ樋(とい)を掛け、真ん中から水を流した。

水は富士山の方に流れていった。富士山の負けと決まったわけだが、気位の高い富士山、樋(とい)を取り上げると女だてらに八ヶ岳の頭を殴りつけた。

すると端正な八ヶ岳の頭が八つに割れ、あわれ八ヶ岳は後世にそのままの姿をさらすことになった。

(参考・民話と伝説・甲信越・飛騨)

昔々のいろいろな話が残っていて楽しいです。

木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)(古事記)

桜などの花が咲くような女神という名であるコノハナノサクヤビメは神話上で最も美しい神であると言われています。

富士浅間神社に伝わる遠い昔の話です。

天孫邇邇芸命(てんそんににぎのみこと)と木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)(古事記表記)と一夜の契りを結びました。

毘売は懐妊し、それを命に話すと不機嫌になりました。

「たった一夜の契りなので、私の子ではあるまい」

疑いをかけられた毘売は、「もしこの子が命の子でないなら、出産は無事に済みますまい。もし命の子ならたとえ猛火の中でも無事に生まれることでしょう」

そう毘売は誓ったそうです。

出産のときには、火を放って猛火の中で無事に三人の子を産みました。

火が盛んに燃えた時に生んだ子を火照命、火が弱くなった時の子を火須勢理命、火が消えた時の子を火遠理命、またの名を天津日高日子穂穂手見命という。Wikipediaより

木花之佐久夜毘売はこのことから安産・防火の神として信仰を集めています。

富士浅間神社の祭神として祀られています。

(参考・民話と伝説・甲信越・飛騨)

鎮火の祈りのために建てられた浅間神社

噴火活動が起こり、人々から恐れられていた富士山でしたが、遠くからでも拝む対象となっていました。

我が街でも「富士見」という地名が残っていて、「富士見」からは富士山が見えます。

平安時代になると噴火を鎮めるために富士山麓に浅間神社が建てられて人々に信仰として根付いていきました。

我が街でも富士山が眺めることができる大室山に浅間神社が建っています。

祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)。

修験道の道場

平安時代の後期頃から富士山は修行の山となっていきました。

富士山山頂に大日堂が築かれてから登拝する山として広く知られるようになったのだとか。

明治時代になってから女性が登山することも許されましたが、それ以前は女性が富士山登山することは禁止されていました。

女性は聖なる山に入ることはできなかったのです。

富士五湖の一つ河口湖の河童伝説

富士五湖の一つの河口湖に河童伝説が残っていました。

河童伝説は日本全国、湖や川に現れるというのが多いような気がしますが、河口湖に現れた河童は、子供が一人で泳いでいると河童が足を引っ張って溺死させてしまうという。

怖い河童です。河口湖には赤牛伝説もあるそうで、河童と同じで子供が一人で泳いでいると赤牛に足を引っ張られるというものです。

河口湖の赤牛は、富士山が噴火したときに転がってきた溶岩塊?という説があるとのこと。

いずれも子供が一人で泳ぎに行きたがったときに、親が「河童が出るよ」とか「赤牛に脅かされるよ」と言ったのでしょうか??

浅間神社が伊豆に少ないのはどうして?

いつだったか忘れましたが、前に読んだ本に伊豆地方では富士山が噴火したときの被害が少なかったと書かれていました。

江戸時代の宝永大噴火のときです。1707年ですね。

火山灰が伊豆の方にあまり来なかったと書かれていました。

このときに偏西風によって運ばれた火山灰によって東関東から東北の方まで被害があったそうです。

それでどうして浅間神社が伊豆に少ないのかといいますと、この宝永大噴火で大きな被害があったところに浅間神社が多く建てられているということです。

神社が建てられるときって、困ったことが起きたときが多いのではないかと思っています。

噴火による火山灰の影響で農作物に大きな被害をもたらしたので、農民の願いにより浅間神社が建てられたのではないかと思われます。

上にも書きましたが、平安時代から富士山の噴火を鎮めるために浅間神社が建てられてきたのですが、江戸時代になっても同じような理由により建てられたということですね。

特に東関東に多く分布しているので、火山灰の被害が大きかったのではないでしょうか。

大太法師(ダイダラボッチ)

勝川春章・勝川春英画『怪談百鬼図会』より「大入道」。ダイダラボッチのイメージに近いものと考えられているWikipediaより

ダイダラボッチは日本各地に現れた伝承の巨人ですが、富士山もダイダラボッチがつくったという話があります。

ダイダラボッチは近江、滋賀県ですね。ここの土を掘って富士山をつくったそうです。

滋賀県には大きな穴が開いてしまいました。琵琶湖ができちゃいました。(笑)

ダイダラボッチは妖怪ですが、大きな大きな妖怪ですね。日本各地の山や湖をつくったという話が残されています。

富士山と竹取物語

子供の頃に絵本で読んだ「竹取物語」と違う「竹取物語」が多く伝えられていることに驚きました。

かぐや姫と富士山との関わりが静岡県富士市の伝説に残されています。

物語の結末が本によって違うのですが、かぐや姫は月ではなくて、富士山に帰ったということです。

富士山ふもとの富士市にある竹林におじいさんが竹を切りに行ったという由来が残されていて、富士山本宮浅間大社の祭神木花咲耶姫(このはなさくやひめ)がかぐや姫という話もあります。

「かぐや姫の秘薬」の話もありました。

かぐや姫が月に帰るときに、おじいさんとおばあさんに不老不死の秘薬をお礼に渡しますが、おじいさんとおばあさんはかぐや姫がいなくなるのに、そんなものはいらないと、秘薬を人に頼んで富士山の頂上で燃やしてもらったといいます。

富士山の頂上から煙がいつまでも立ち昇っていたという。

噴煙でしょうか? いろいろな話が地域によって残されています。

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