大人の恋愛

平安中期の女性の嫉妬・妬み、呪いの人形と糞尿、ヒソヒソ話、無視

平安時代の「嫉妬」や「寵愛」、貴族中心の時代の平安中期の様子がおもしろく描かれている読みやすくてわかりやすい本に出会いました。
平安貴族の「嫉妬と寵愛の作法」 監修 繁田信一 平安時代中期の貴族中心の時代は静かで優雅な暮らしのイメージがあったのですが、平安貴族の嫉妬や妬みは陰湿なものがありました。

今回は男女の陰湿な嫉妬や妬みを中心に「嫉妬と寵愛の作法」をご紹介したいと思います。 

平安中期の女性の嫉妬・妬み、呪いの人形と糞尿、ヒソヒソ話、無視

さすがに糞尿はないと思いますが、平安時代の女性の嫉妬や妬みの陰湿なイジメは今の時代と変わらないものでした。
人の心の中には千年経っても変わらないものがあります。

平安中期、嫉妬からくる陰湿なイジメにはどんなものがあった?

人形を使ったもので、呪いの藁人形というのがありますが、江戸時代の画家の作品に「うしのときまいり」というのがあります。丑の刻(午前1時~午前3時頃)に神社のご神木に憎い相手の藁人形を釘で打ち込むというものです。

人形を用いて憎い相手に災いが及ぶように念じることは、かなり古く、古墳時代から行われていたそうですが、この頃は木釘は使われていなかったといいます。

島根県松江市のタテチョウ遺跡からも木札が出土されていて、服装から貴族女性と見られ、それには両方の乳房と心臓に3本の木釘が打ち込まれていたそうです。
明らかに呪いですよね。

タテチョウ遺跡の時代は旧石器・縄文・弥生・古墳・奈良・平安・中世と書かれていて、時代は不明なところもあるようです。

少し古いですがこんなニュースを見つけました。(2004年四国新聞社)

平安中期に貴族の間で行われた嫉妬や妬みの嫌がらせを、監修 繁田信一 平安貴族の「嫉妬と寵愛の作法」を参考に書いていきます。

平安時代は天皇を中心とした貴族社会でした。
平安中期、貴族の間では天皇家に自分の娘を嫁がせようと必死になっていたわけです。天皇のご寵愛を受けることは簡単にはいきません。
それ相応の才知や教養が必要とされていました。

後宮と呼ばれる宮殿に全国から有能な女官が集められていました。紫式部や清少納言なども教育を施した女官でした。

この女官たちの間で繰り広げられた女の恐ろしい嫉妬や妬み・・・。女の嫉妬や妬みというものは千年も続いているのか・・・。
後宮の中で天皇の寵愛を受けるために必死の女官の様子がこの本にはわかりやすく書かれています。

源氏物語で女の嫉妬が良く描かれていて、貴族の中でも身分の低い者が天皇に気に入られると、他の天皇に仕える者に嫉妬される。
「あなたより私の方が身分は高いわ。どうしてあなたなんか」といった感じでしょうか。

今に時代でも「あんたより私の方がずっと可愛いのに、どうして私じゃあなくてあんたなの?」こんなことがありそうですね。

源氏物語では光源氏を産んだ母親、天皇に可愛がられた桐壺が周りからの嫉妬と妬みでひどい目に遭い、光源氏を産んで三年ほどで亡くなってしまいます。
相当酷い陰湿なイジメだったらしいということで、亡くなった原因は心の病だったのでしょうか・・・?

後宮の中でも端にあった桐壺の部屋から夜に天皇のもとに通うためには、嫉妬にかられるライバルたちの部屋の前を通らなければならなかったのです。

汚物を廊下にまき散らしたり、廊下に閉じ込めるようなことをしたり、いろいろやられちゃってます。

源氏物語はフィクションですが、実際にも同じようなことがあったと推測されるそうです。

廊下に汚物

天皇の寵愛を受けた者は嫉妬されますが、身分の低い者は天皇のもとに後宮の自分の部屋から通うのですが、その途中はライバルの部屋の前の廊下を通っていくことになります。

ライバルたちは廊下に汚物をまいて嫌がらせをしました。天皇のもとに汚物がついた装束で訪ねることはできないので、それを見てライバルたちは、「フフフ・・・」と・・・。あー恐ろしい!

ヒソヒソ話

今の時代でも良くあることかもしれませんが、わざとヒソヒソと当人が気づくように行われるヒソヒソ話。チラリチラリと見られながら噂される人はいたたまれない。

無視

中宮やそれに仕える女房たちが集団生活を送る後宮で、周りから無視されるということは辛いです。
これも今の時代でも行う人もいますね。

天皇の寵愛を受けた者への嫉妬は強烈でありました。

女性貴族の恋愛観

歌にも残されていますが、平安女性はかなり情熱的に恋愛観を語っています。

好きな人とは夢の中でも会いたい。好きな人が夢の中に出てくる回数が多いほど、相手は自分のことが好きだと信じられていました。

そのため恋する女性は夢で好きな人と会えるように願ったということです。

恋愛相手との普段の交流は手紙のやり取りとたまに逢えるときだけ。「逢いたい、逢いたい」と思っていたら朝になっていたということも。

手紙を読んでほしい相手に送るときは、季節の花木を添えることもしていました。

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まとめ

平安貴族の女性は情熱的で恋に恋をしていたといいます。

ですから嫉妬も妬みも激しかったのかもしれません。身分の差があっても許されない恋なので、結ばれることはできないから恋心は激しく揺れる。

ずっと変わらない女の気持ち、激しく愛することも、激しく嫉妬や妬むことも、千年も変わっていない。

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