昔々の動画

昭和21年短編映画「一ヶ月生計費500円」当時の政府のインフレ対策

昭和21年(1946)戦争が終わって大変混乱していた時代の短編映画の前編・後編のご紹介です。
YouTubeのパブリックドメイン映画なので、古くて白黒、それがまた味わいがあるような気がします。(笑)

少し前にワンコイン亭主と言われたサラリーマンの方がいましたね。一日をワンコイン(500円)で過ごすという生活スタイル?です。

この映画は一ヶ月をワンコイン500円で過ごそうという昭和21年の政府のインフレ対策案に対して作られた映画です。
この時代はコインではありませんでしたが。一日ワンコイン500円で過ごすサラリーマンはまだまだ甘い生活?(笑)

昭和21年短編映画「一ヶ月生計費500円」当時の政府のインフレ対策

我々日本人は今まであまり数字で物を考えることをしなかった。
だから数字を出されるとすぐ眞実(ほんとう)と思い勝ちだった。
数字は物ごとを正しく考える手段であることを学ばねばならぬ。
その試みとして「生計費500円」この数字をみんなで考えてみよう

どういうことかと言いますと、戦後の混乱期、紙幣を多く作るとインフレを生んでしまうので、生活はますます苦しくなっていくからインフレ対策をしていこうということみたいです。

戦後なのでお金がドンドン増えていった(増やした)けれど、生活は苦しくなっていった。
一ヶ月一世帯500円で生活をしていけるのだろうか。

政府の「一ヶ月生計費500円」では住居費は53円と設定されてます。
家賃や修繕費なども含んでということですが、戦後では何もかも壊れてしまって、この金額では鍋も買えないと言っています。
鍋などを買うのも住居費に含めていました。

新聞代 5円、学用品 6円。

一世帯というのは、お父さん、お母さん、子供三人という設定です。
一ヶ月500円は厳しいですね。

まだ戦争中では政府は戦争をおし進めるためにキャンペーンを行っていきました。「贅沢は敵だ」「欲しがりません。勝つまでは」といったキャッチフレーズをかかげ、国民は我慢の連続となってしまいました。

政府は国民を統制していきました。「兵隊さんは命がけ」と何度も言ったのでしょうね。

国民の生活は我慢を強いられ、苦しい生活が続きました。

また映像を見ていると、戦後の都会の様子が分かるので、貴重な映画だと思います。

入浴は一週間に一回、服も靴はボロボロ、そんな生活でした。

一ヶ月生計費500円(前編)YouTube動画

竹内信次監督作品「家計の数学 生計費500円」

竹内信次監督の記録映画で、政府が国民に押しつけた生計費500円についての作品となっています。

戦後の厳しい生活の様子を知ることができます。

家計の数学というのは、当時、日本人は数字のデータというものを考えようとしないで、数字のデータを出されるとすべてが真実だと捉える人が多かったようです。

「きちんと学んでみよう」と言いたいのでしょうか・・・。

一ヶ月生計費500円(後編)YouTube動画

当時の人達の生活の様子が分かります。
一ヶ月の食事代が生計費500円生活ですと一ヶ月237円で、一日7円で家族5人の食事代となります。

働くお父さんが1320カロリーぐらいの食事しかできないということで、映画ではフラフラと歩いています。

最後の方になると制作者の政府に対しての憤りも感じられて、伝えたかったことが伝わってきます。

それにしても歴史は繰り返されるというか、金持ちが満たされる政策に苛立つ人は今でもいるのではないでしょうか。

戦後の生活の厳しさ

戦争というものをまったく知らずに育ってきたので、戦後の混乱期の状況を映像で観ると、自分たちは恵まれた環境で育ってきたのだと改めて感じました。

10万人以上が亡くなり、東京では市街地の5割を失ったということで、食べ物もなく、配給を待つ生活。

政府は一世帯一ヶ月500円生活をするようにと言い出しました。そんな中、働くところもなくお金のない人達は、食べることもできなくて餓死していきました。

女性は家族を養うために身を売ったりしていました。

子供や老人は落ちているタバコの吸い殻を拾ってヤミ市で売ったりもしました。

ヤミ市でヤミ物資を横流して、大金を掴んだ者が政治や経済を動かしていきました。ヤミ市という商業形態は、政府の価格統制に従わない市場でした。

また戦後日本はアメリカに支配され、いろいろな改革を行わなければならなくなりました。

インフレを抑えるために行われたことは、預金封鎖、新円への切り替えなどです。

従来の紙幣(旧円)は強制的に銀行へ預金させる一方で、1946年3月3日付けで旧円の市場流通の差し止め、一世帯月の引き出し額を500円以内に制限させる等の金融制限策を実施した。Wikipedia

まとめ

第二次世界大戦後の厳しい国民の生活が良くわかる動画をご紹介しました。

激しいインフレ対策として行われた「預金封鎖」では、「給料五百円まで現金」であり、この内訳は世帯主が三百円、世帯員一人に百円ということで、五百円以上の給料は金融機関に預けられたのです。

一世帯一ヶ月五百円ぐらいでの生活が強いられたということです。

新円などへの切り替えも行われ、市場に出回るお金を減らすことで激しいインフレを抑えようとしました。

預金もない普通の家庭は大変な思いをしたということですね。

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記事作成者ch アメブロを10年以上継続しています。このブログでは年齢を重ねても前向きに。「調査し、探求し、問いかけ、熟考するのです」ウォルト・ディズニーの言葉は私の「大切な言葉」です。