昔々のお話

伊東市、葛見神社(くずみじんじゃ)の樹齢千数百年の大クスノキのこと

1月の初め頃、仕事が終わってから自宅に車を置いて、歩いて初詣に行きました。

静岡県伊東市にある葛見神社(くずみじんじゃ)という所です。

大きな神社ではないのですが、歴史ある古社で、全国的にも有数の樹齢千数百年の大クスノキのがあります。

大クスノキは昭和8年二月二十八日に天然記念物として、国指定文化財となりました。

葛見神社は伊東の領主であった伊東氏の創建と伝えられています。

伊豆半島では最近注目を浴びている熱海市にある来宮神社、河津桜で有名な河津の来宮神社、そしてひっそりと人気のある伊東市の葛見神社に国指定の文化財の大クスノキがあります。

伊豆には成長が早くて長生きなクスノキが多く、巨木として育っているようです。

3ヵ所とも行きましたが、それぞれが立派な大クスで見応えがあります。

(この記事のカテゴリーは、自宅からウォーキングで神社まで行ったので、身体に良いこと、「パワフル」とするべきだと思いますが、今回は昔々の樹齢千数百年の大クスのことをメインに書きたいので「昔々のお話」ということにします。)

伊東市の葛見神社(くずみじんじゃ)の樹齢千数百年の大クスノキのこと

樹齢は千数百年というので、数々の災害などにも負けず、立派に生き延びてきた力強いパワーを感じます。

老木でもイキイキとした葉も茂っていて、その隙間をリスが遊んでいます。

この大クスノキはおじいちゃんなのかおばあちゃんなのか分かりませんが(笑)、支柱に支えられながら立派に生きていて「江戸時代の富士山の噴火も見たのだなぁ~」なんて思ったりしました。

たくましいですね!
宝永の大噴火は江戸時代の中期1707年に起きていて、伊東市からの噴煙の様子のことを書かれたものには「恐ろしいほどの形の噴煙」と記されていました。
そんな状態が16日間も続いたとあるので、葛見神社(くずみじんじゃ)の大クスはしっかりとこの様子は見ていたのでしょうね。

戦前の総理大臣の若槻礼次郎(わかつきれいじろう)はこの大クスを気に入っていたそうです。

若槻礼次郎は晩年を伊東市で過ごしていて、散策の時に葛見神社(くずみじんじゃ)に寄っていたそうです。明治36年に伊東を訪れた漢詩人日下勺水(くさかしゃくすい)が残したクスノキへの「讃仰(さんぎょう)の詩文」を巨樹をたたえる石碑に刻んでを昭和6年に寄進しました。

明治36年に訪れた漢詩人日下勺水(くさかしゃくすい)が立派だと思った大クスが今でも生きていて、葛見神社で雄々しくそびえています。
石碑は雄々しくそびえる大クスの前にあります。

若槻礼次郎は大正末期から昭和の初期に2期に渡って首相を務めました。

葛見神社の近くに松川が流れています。松川の近くに別荘を持ち、散歩で葛見神社に訪れていて、この大クスを気に入ったのだとか・・・。

樹高 25m、幹周り 15m、樹齢千数百年

昭和8年に国指定の天然記念物になりました。

幹の下の部分は大きな空洞になっていて、大手術をしてもまだまだ頑張るというような感じではありますが、神秘的な雰囲気を醸し出しています。

周囲を歩くことができるので、是非、大クスのパワーをもらってください。

私の母は老木に出会うとパワーを吸い取ると言って抱き着いて、「どうか長生き出来ますように」と言ってます。(笑)

葛見神社大クスノキ

クスノキってどんな木?

温暖な伊豆にはクスノキが多く、残されてきたからなのか、神社やお寺に巨木が多いです。

もともと長寿の木で、静岡県の巨木で選定されている8割はクスノキです。

静岡県の巨木クスノキ 1位 熱海市の来宮神社
            2位 伊東市の葛見神社
            3位 河津町の来宮神社

クスノキは船を造るときに使われ、建物や家具にも使われたので、社寺の木は残されても他は使われてしまったのかも知れません。

クスノキからとった樟脳(しょうのう)が医薬品や防虫剤にも使われたそうで、重宝されていたということですね!

また伊東市宇佐美八幡という所にある春日大社の境内にあったクスノキが、徳川家光が嘉永9年に向井将監に命じて造らせた安宅丸(軍船形式の御座船)の材料に使われたという話が残されています。

日本昔ばなしの「伊豆いこう」に出てきますよ。

「むか~し、伊豆の宇佐美という神社に、それはそれは大きなクスノキがあった・・・」と話は始まります。

江戸時代浦賀奉行(うらがぶぎょう)の「甲甲旅日記」(こうしんたびにっき)には、「その伐った木の幹は、12人で抱えるほどであった」と記されているそうです。

疱瘡(ほうそう)神の祠(ほこら)

葛見神社大クスノキ祠

大クスの画像を見ていただけるとわかりますが、樹の下に祠があります。
これは江戸時代の中期に疾病「天然痘(てんねんとう)」が流行したときに、疾病の神として祀られたものです。

大クスの樹の樹皮が疾病にかかったときにできる皮膚のかさぶたに似ていることから疱瘡神として祀られました。

石祠の側面には「享保十一年酉午五月吉日と刻まれています。

疱瘡(ほうそう)は天然痘ウイルスによる感染症で、感染力が強く、日本では奈良時代から何度か流行が繰り返されてきました。
日本では1956年(昭和31年)を最後に患者が発生していないとのことです。

江戸時代には疾病神として擬人化され、「疱瘡神」と呼ばれるようになりました。

葛見神社アクセス

電車で伊東駅に来られた場合、天気の良い日でしたら約1.2km、約20分(片道)歩かれるとちょうど良いウォーキングとなりますよね。

少しの時間でしたら、神社の横に車を停める人もいるようですが、駐車場に停めて歩くという方はこちらがおススメです。

駐車場の近くに「伊東観光番」がありますので、開いている時間帯でしたら歴史に詳しい案内人さんがいらっしゃることもありますので、伊東に関する歴史などの話を聞くことできるかもしれません。

まとめ

平安時代にから崇拝されてきた歴史ある大クスに是非、会いに来てみてください。
パワーをいただけるという御利益もあるかも知れませんが、歴史のドラマも感じることができると思います。

人はそれぞれドラマを背負っていると思うのですが、ここの大クスは樹齢千数百年も生きているので、背負ってきたドラマは奥が深いと思います。

平安時代からの多くの人々と多くの様子を見てきたという歴史を感じてください。

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