昔々のお話

災害と伝説・民話を繋げて考えてみる【先人が後生に伝える話】

昔話が好きで良く本を読んできましたが、災害と民話や伝説と結びつくことが多いと思います。
昔の人が語っている中には実在する地名や構造物、自然物がそのまま出てきています。
災害だけではないと思いますが、昔の人が後生のために残そうと思ったことが多くあるのではないでしょうか。

今回の台風災害の状況を見て、改めて感じたことです。

時間ができると図書館に行って古本を物色。

伝説や民話を読んでいると、先人が私たちに伝えようと残してくれたものが多くあります。

これは私個人が感じていることを書いていますのでご了承ください。

災害と伝説・民話を繋げて考えてみる【先人が後生に伝える話】

災害に遭って、「ここに住んで50年だけど始めてのこと・・・」「こんなことは始めて・・・」とテレビのニュースなどを見ていると、アナウンサーに答える地域の人がいます。

人生80年時代でも人の寿命というのは短いものだと感じます。
100年、200年前、それ以前という長いスパンで考えると災害は起きていたりします。

科学的には証明できないことでも、先人が教えようとしたこと、伝説や民話で語り継がれてきたことは受け止めていきたいと思います。

こんな話があるのでご紹介します。

秩父神社の竜

むかし、むかし、ある日の真夜中のこと、秩父(ちちぶ)(埼玉県)の雨池(あまがいけ)というところで、「バシャ、バシャ」とだれかが水浴びをするような音がしました。

次の夜、そのまた次の夜も音はつづいてしていました。それどころか、音はドンドンと大きくなっていきます。

気味が悪いので、強そうな若者が数人で音のする方へたしかめに雨池に行くことになりました。

その夜、皆で池を見張っていると、急に黒い雲が現れ、風が吹き始め、水面がザワザワと波立ちはじめました。

若者たちがおそるおそる見てみると、目を輝かせた竜がそこにいました。

竜は大きな口を開けて、池の水を飲み始めました。その恐ろしい姿に若者たちは立ちすくみ、声を出すこともできません。

やがて池の水を飲み終えた竜は、池から上がってきました。

若者たちが竜を追ってみると秩父神社の所で消えてしまいました。

その竜は彫刻で作った竜だったのです。彫刻の竜は水浸しになっていました。

池に水を飲みに行っていたというわけです。若者たちは、竜を鎖でしばりつけてしまいました。

それから雨池にも田や畑にも竜は出なくなったということです。(日本の民話より)

水害が起きたところには話の中に竜が出てきたりします。
私の地元では水害が起きた場所には「赤牛」伝説が残っています。災害=赤牛 と結びつけることはできるのかは分かりませんが、昔の人が教えてくれているようです。

自然は素晴らしいものですが、ときには恐ろしいものです。

「赤牛」の伝説

寛永(1624~1644年)の頃の話です。
岡村というところの小川沢にある池に神通力をもった牛が住んでいました。
この池は年々浅くなってきたので、住みにくくなってきたので、赤牛は新しい住処を求めて吉田の大池にやってきました。
赤牛はそのまま大池に住みつき、村人が舟で通るとひっくり返したり、村人を脅かしたりしました。

吉田の大池のそばにある光栄寺の日広上人は悪さをする赤牛の魔力を封じ込めようと決心をして、大池の十二島の一つの小島に渡り、七日七晩お経をあげて、赤牛の魔力を封じ込みました。

この小島はお経島と呼ばれています。

これは私の地元の伝説を簡単にまとめたものですが、「小川沢」というところは、昭和33年の狩野川台風のときに河川の氾濫により大きな被害があったところです。古い資料や本に載っていました。

小川沢に住んでいる80代の方に聞いたのですが、狩野川台風のときには赤ちゃんをおんぶして水で溢れた道を必死に歩いたと言っていました。

「大池」というのは今は「一碧湖」という名に変わっていますが、台風が来ると遊歩道も水で隠れてしまうほど増水します。

今は整備もされていますが、昔は水害も発生したのではないかと想像してしまいます。

小沼(この)の竜神さま

上州(群馬県)の赤城山にある地蔵岳と黒檜山の間に大沼という沼がありました。少し離れたところには小沼といわれる沼もあります。
昼間でもうっそうとしているこの辺りは不気味なところでした。

大沼はきれいな水が満々としていて、どんなに日照りが続いても水がかれることはありません。小沼は少し雨が降ると大水となり、日照りが続くとたちまち干上がってしまいます。

小沼にはむかしから赤城の主の竜神さまがすんでいました。
機嫌が悪いと大暴れ、沼の水をふもとの田畑まで流したり、土砂崩れを起こしたりしていました。

お百姓さんたちは度重なる災難に困り果てていました。
庄屋さんに相談すると、村の古老に話を聞きにいきました。
古老は「竜神さまにささげ物をするしかない」といいました。ささげ物は「娘」で、村の娘は庄屋さんの娘しかいませんでした。

娘にいけにえになってもらい、娘は村のためだと小沼に飛び込みました。
それからというもの、どんなに日照りや大雨が続いても、小沼は静かで騒ぎはなくなりました。
村の人たちは、小沼の畔に小さな祠を建てました。(日本の民話より)

昔ばなしには「いけにえ」は出てきます。若い女性が多いかな。

南海地震の津波絵本「シロのないた海」

感動した動画を紹介させていただきます。

まとめ

むかーしから考えると「そこ」では災害は起きていたと思うのですよね。
対策はされていても、歴史を掘り起こすと何度も災害は起きていたことが分かります。
誰も見なくなった先人の教えの石碑などに、書かれていたりするのです。

でも人はそんなフツーではないことが起きたときの不安や恐れもずっと乗り越えてきました。
だから今、私たちがここにいるのです。

ABOUT ME
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アメブロを続けて10年が経ちました。ブログを続けることで実感ができた有益なこと、続けていく意味なども含めて、このブログも継続をしていこうと決めました。 このブログでは「年齢を重ねても美しい女性」の外見だけではなく、内面も追って行きたいと思っています。 そして年齢を重ねての「経験」「感じてきたこと」「これからのこと」も綴っていきます。 私自身も前向きに生きて行きたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。