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伊能忠敬が日本地図歩測開始は55歳、50代は人生の折り返し点

少し前までは人生の折り返し点は40代と言われていたような気がしますが、今は50代が人生の折り返し点と言われるようになりました。

人生100年!?

だったらもっと好きなことやってしまいましょう。仕事にしても、趣味にしてもやりたいことができますよね。

周りを見ていて感じることは、仕方がないのかも知れないのですが、子供のことをいつまでも干渉している親が多いような気がします。

子供と良い関係でいることは大事なことだと思いますが、自立した子供のことはいつまでも干渉はしない方が良いと思います。

子供が家庭を持っていたらなおさらです。結構子供の方がしっかりとしているのでは?(笑)

自分が打ち込めることを始めましょう!

Alexas_Fotos / Pixabay

50代は人生の折り返し地点で新たな人生のスタートだ!

ずっと続けられる趣味を見つけたり、ボランティアを始めたり、資格取得に挑戦をしたり、本気で取り組んでみたいですね。

3ヶ月でここまで達成させるとか、数値目標を決めて挑戦をしていくと良いですよ。

私の場合はブログを書くのに、1日に2時間ぐらいしか時間が取れないことが多いので、日中に気が付いたことを常にメモってます。

そうでないと継続が難しいです。パソコンに向かってから何を書こうかでは進みませんから。

そしてできるだけ更新を続けるという目標を設定しています。

夕食をダラダラと食べることもなく、お酒も飲みません。

目的に向かってゆるく進んでます。(笑)

歴史から学ぶ伊能忠敬は55歳から歩測をスタートさせた

55歳から71歳までの16年間歩いて、あしかけ17年間かけて地図を作った伊能忠敬(いのうただたか)。

地球1周分の距離を歩いて地図を完成させました。

今の時代なら50代は若いし、歩こうなんて思ってしまう人もいるとは思いますが、享和の時代に55歳から日本地図を作ろうと思うなんて、なんだか驚きですよね。

学校で習った時は、「そうなんだ~」と思ってテストをして終わりでしたが、改めて歴史の本を読んでみると、自分も歴史を重ねたからなのか、(笑)重ねて考えてしまいます。

すごいな、伊能忠敬!

伊能 忠敬(いのう ただたか)、延享2年1月11日(1745年2月11日) – 文化15年4月13日(1818年5月17日))は、江戸時代の商人・測量家である。通称は三郎右衛門、勘解由(かげゆ)。字は子斉、号は東河。

寛政12年(1800年)から文化13年(1816年)まで、足かけ17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させ、国土の正確な姿を明らかにした。Wikipedia

伊能忠敬と伊豆

伊能忠敬が伊豆に測量に来たのは、享和元年(1801)4月、正確には江戸を出発した日です。

伊東市に滞在したのは、5月5日(太陽暦6月15日)、それから八幡野村に行き、2泊しています。

それから約10年、伊能隊として第9次となる伊豆七島の測量が実施されることとなりました。

この時は伊能忠敬は71歳となっていて、高齢ということと、体調にも問題があったので、本人は測量には参加しなかったようです。

伊豆城ヶ崎海岸の測量は文化12年12月1日~です。

門脇鼻(門脇灯台)、燕島(つばくろじま)にも行っています。

城ヶ崎海岸

測量はその後、一碧湖、一里塚、伊東市の中心部に行ってます。

まとめ

歴史に学ぶ、伊能忠敬の人生から今の50代も大いに刺激を受けて、何かに打ち込んでみると良いですね。

子供も成長し、家庭を守ってきた主婦の方もなにかやりたいことをやってみること、必要だと思います。

私も自分に言い聞かせているのかも知れませんが、社会の常識にがんじがらめで生きてきたので、これでいいのかと思ったりするのです。

本当に〇〇真面目ですから。もう少し自由で良いのかも知れません。

と、言っても家族や他人に迷惑をかけるような生き方は絶対にしたくはないと思っていて、自分のルールを少し変更しようかということです。

やってみたいことは見つけましたので、実行していきます。

他人のためではなくて、自分のために生きていきたいですね。

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年齢を重ねても美しい女性を追って行きたいと思っています。 私も前向きに生きて行きたいと思っています。 どうぞよろしくお願いいたします。